「不戦の誓い」は“コピペ”しない総理と「ガイドライン」  成瀬 裕史

■「不変」である陛下の「お言葉」

 「集団的自衛権」行使容認閣議決定後、初めての「終戦記念日」(戦没者を追悼し平和を祈念する日)、全国戦没者追悼式が注目された。

 天皇陛下の「お言葉」は、宮内庁HPでは、

「さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします」
「終戦以来既に69年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,
苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません」
「ここに歴史を顧み,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,
全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,
世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

 以上のお言葉のうち、「深い悲しみを新たに」「ここに歴史を顧み」「戦争の惨禍が再び繰り返されない」のお言葉が、
「集団的自衛権」行使容認の昨今、私の心に残ったが、
実は、天皇のお言葉は、例年、ほとんど同じであられる。
 「歴史認識」が変わらないのは、当たり前と言えば当たり前であろうか…。


■総理は「平和への誓い」はしない!?

 一方で、安倍総理の式辞は、
「戦没者の皆様の、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。
そのことを、片時たりとも忘れません」
「日本の野山を、蝉しぐれが包んでいます。69年前もそうだったのでしょう。
歳月がいかに流れても、私たちには、変えてはならない道があります」 
「今日は、その、平和への誓いを新たにする日です。 
 私たちは、歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻みながら、
今を生きる世代、そして、明日を生きる世代のために、国の未来を切り拓いてまいります」
「世界の恒久平和に、能うる限り貢献し、
万人が、心豊かに暮らせる世の中の実現に、全力を尽くしてまいります」

 「三権分立」を無視し、憲法に反する「集団的自衛権行使」を閣議決定で“容認”した安倍氏だけに、
「貴い犠牲の上に」の言葉が、「平和と繁栄のためには、これからも血を流せ」と聞こえてしまう…。

「平和への誓いを新たにする日です」とは言ったが、
自身が「平和への誓いを新たにする」とは言っていないし…。

 官邸HPでは安倍氏はじめ歴代総理の式辞が閲覧できる。

 昨年の式辞と比べると、「学ぶべき教訓」が「その教訓」に、
「希望に満ちた、国の未来」が、ただの「国の未来」になっている…。

 「歴史の教訓」には学ばず、「変えてはならない道」としての“戦前復帰”により、
「希望に満ち」はしない「国の未来」を切り拓いて行こうというのだろうか…。

 ―「戦争の出来る国」として…。


■「不戦の誓い」は“コピペ”しない総理!?

 ウェブ上では、安倍氏が昨年から続けて、歴代総理が表明していた「アジア諸国へ与えた損害・苦痛への反省」と「不戦の誓い」を言及しなかったことが取り上げられている。

 安倍氏の「ライト」な盟友、麻生氏にあっても、平成21年の総理式辞では、
「我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えております。
国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となられた方々に、謹んで哀悼の意を表します」 
「本日、ここに、我が国は、不戦の誓いを新たにし、世界の恒久平和の確立に向けて、積極的に貢献していくことを誓います」
と述べている。

 安倍氏本人にあっても、平成19年の式辞では、
「我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。
国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します」
「本日、ここに、我が国は、戦争の反省を踏まえ、不戦の誓いを堅持し、世界各国との友好関係を一層発展させ、国際社会の先頭に立ち、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していくことを誓います」
と述べている。

 「ヒロシマ」「ナガサキ」の平和式典での演説が、昨年の“コピペ”と揶揄された安倍氏ではあったが、
「アジア」と「不戦」では、しっかり「自己主張」なさっておられるようだ…。
 

■祖父は「安保」、その孫が目指すものは…?

 安倍氏が敬愛してやまない祖父の岸元首相は、1960年に日米安全保障条約を調印・批准した。

 岸氏は東條内閣では商工大臣ととして入閣し、戦後はA級戦犯に問われたが、冷戦が顕在化してきた1948年に釈放され、朝鮮戦争勃発後はGHQの「逆コース」とともに復権していくことになる。

 そんな米国への「恩返し」よろしく、岸氏が批准した安保条約により、我が国は米国の「不沈空母」となった…。

 そんな岸氏をはじめ、戦後の我が国の歴代保守・自民党政権であっても、決して手をつけなかった「集団的自衛権行使容認」に、安倍氏は舵を切ってしまった…。

 持論の「憲法改正」論議を封印しながらも、昨年末には「特定秘密保護法案」を成立させた安倍総理。

 この3月の参院予算委では「私は戦後レジームから脱却をして、(戦後)70年が経つなかで、今の世界の情勢に合わせて新しいみずみずしい日本を作っていきたい」と述べた安倍氏。

 久々に使った「戦後レジームから脱却」により、我が国を「どんな国」に作り変えようとしているのか…?


■「政府広報(?)」マスコミ諸氏が伝えるもの

 「集団的自衛権の行使容認の閣議決定後、小野寺防衛相は直ちに訪米しヘーゲル国防長官と会談。
憲法解釈の変更で集団的自衛権を使えるようにした考え方を説明。さらに、平時で自衛隊が一緒に行動する米艦を守れるように自衛隊法を改正する意向を伝えた。
ヘーゲル氏はこれを「強力に支持する」と述べ、
「この大胆かつ画期的な決定によって法整備すると、地域及び世界の安全保障に対する貢献が増大する」と評価。
「日本政府の決定によって、日米ガイドラインは画期的な形での改定が可能になる」とも述べ、
年内改定予定の「日米ガイドライン」(日米防衛協力の指針)に集団的自衛権の行使を反映させることでも一致した」と、
我が国のマスコミ諸氏は伝えている。

 また、マスコミ諸氏曰く、
「政府は日米ガイドラインの骨格となる中間報告を9月にまとめる方向で検討を始めた」とし、
「米軍に対する後方支援活動における自衛隊の任務拡大などを中間報告に反映させたい考えだ」
「朝鮮半島有事などの周辺事態の際に、自衛隊による米艦防護や、不審船への強制的な停船検査(臨検)などが可能になる。米軍への後方支援活動では、従来は「後方地域」に限定していた自衛隊の活動範囲を拡大し、戦闘現場以外での輸送活動や、水・食糧・燃料の提供、医療活動などもできるようになる」
という…。

 何のことはない。「集団的自衛権の行使容認」も、はたまた「特定秘密保護法」(施行は本年12月!?)も、全ては本年末に改定される(報道では「改定される予定」ではなく「改定される」と断言されている…!!)「日米ガイドライン」のためだったのではあるまいか…!?


■「お国のため」とは“誰のため”か!?

 「敗戦」後、69年が経ち、当時の「軍国少年」たちも80を超える歳になり、当時の思いを新聞紙上に「率直」に述べるようになった…。
 例えば、曰く、「戦時中、教師たちは、「万一日本が負けたら、国民は全員切腹して天皇陛下におわびしなければならない」と言っていた。日本が負けたのだから、教師たちは自決するのだろうと思っていたが、何日たっても「先生が自決した」という話は聞こえてこなかった」

 一方で、終戦の日の当日、「玉音放送」(終戦の詔勅)を阻止するため、当日の未明、軍部の将校たちが一時、皇居を占拠したクーデター未遂事件(宮城事件)が勃発している。

 当時の総理大臣・鈴木貫太郎は、長く侍従長を務め昭和天皇から厚い信頼を受けていたが、二・二六事件では銃撃により瀕死の重傷を負い、終戦当日も軍人ら数十名に私邸を襲撃され、間一髪で脱出している…。

 
 そして現在、主権者は「天皇」から「国民」に変わった筈だが、その主権在民と不戦を誓う日本国憲法と、主権者国民による「国権の最高機関」を無視する形で、
「集団的自衛権の行使容認」が安倍内閣により閣議決定された。

 しかし、そのココロは、年末に「改定する」日米ガイドラインにより、朝鮮半島などの周辺事態の際に、自衛隊による米艦防護や臨検、水・食糧・燃料の提供や医療活動なども可能としたい米国の「ご意向」ではあるまいか…。

 その米国は、かの大戦の終戦以降も、「自由(主義)を守る」「テロとの戦い」のため、世界のどこかで戦争を続けている…。
 実は「軍産複合体」のためではないかと思ってしまうのは、私だけであろうか…。

 一方で、その米国は、「グローバル資本」が国境を越えて自由に活動できるよう、TPPの合意を同盟諸国に迫っている…。

 そんな「軍産複合体」や「グローバル資本」に“抗う”ことの方が、余ほど「我が国のため」と思えるのだが…。

 この「我が国」の主権が、我われ国民にあったとしたら、ではあるのだが…。


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  • 最終更新:2014-08-17 23:11:30

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