ルポ「8.30国会包囲」  井上  純

 8月30日に行われた「8.30国会10万人包囲」に参加してきた。あいにくの雨模様だったが、高齢者から子供連れの母親、若者など多くの人たちが永田町と霞が関を取り巻いていた。多くの人の熱気に包まれたその様子を記録しておきたい。



 自分よりも若い人たちが大勢行動を起こし、一人一人の社会に対する責任が問われている中、今度ばかりは何らかの行動を起こさなければならないと思っていた。最初は一人で国会まで行こうと思っていたが、地元のNPO法人が合同の参加者を募っていたので、彼らの誘いに乗ることにした。NPOの事務所で待ち合わせて集まった参加者は6名。電車に乗って国会前を目指した。
 都心へ向かう車内には多くの人が乗車している。高齢者や親子連れ、仲間同士でおしゃべりをかわす若者など。この中の何人が集会に参加するのだろうか?そしてふとこのような問いが頭をよぎった。今日は多数の参加者があることは間違いないだろうが、もし予想に反して人が少なかった時、極端なことを言えばここにいる6人しかいなかった場合、それでも行動を続行する覚悟があるか?
 参加人数の多寡で行動を左右するのであれば自分の意志は本物とは言えない。自分は誰かの意思に安直に同調して行動を決めたのではない。一人一人がそれぞれ自分の判断で今日の集会に参加することを決めた。そして周囲の圧力に屈して簡単に変節してはならないはずだ。そのことを確認したくて電車を降りる前にこの問いをほかの5人にぶつけてみた。5人も参加者の多寡に関係なく今日は必ず参加するつもりでいると語ってくれた。
 地下鉄千代田線霞ヶ関駅のコンコースは、知人を待ち合わせる集会参加者の塊が数多くできていた。見渡す限りの人、人、人。千葉県柏市など各地の「9条の会」ののぼりを持っている人がその中に混じっている。
 駅につく前にどのような行動をとるか話し合っていた。とりあえず一緒に行動することにするが、多くの人で込み合うので万が一はぐれたらその時から単独行動に移ってもかまわない。また、途中から別行動をとりたかったら声をかけてくれればいい、ということにした。
 駅の出口は経産省の前だった。目と鼻の先に脱原発テント小屋が見えた。テント小屋に面した道路のわきには軽のワンボックスカーが止まっていて、後ろに黒い牛のスケルトン模型を積んだ荷車がつながっている。荷車には「希望の牧場ふくしま」と書かれたのぼりが翻っていた。
 「希望の牧場ふくしま」は、福島第一原発周辺で農家の避難により見捨てられた牛を引き取ってきて飼育し続けている牧場である。大学などの研究者が協力して牛の低線量被曝の影響について調べている。牧場の代表・吉澤正巳さんはよくNHKなどのドキュメンタリー番組に出ていて、これと同じ街宣カーに乗って抗議のために霞が関の官庁街を回る姿が映っていた。
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「希望の牧場ふくしま」街宣カー (公式ブログより 写真はデモ当日のものではない)
 
 いったん国会議事堂を目指して歩き始める。官庁街の道路の歩道はすでに多くに人であふれかえっている。さまざまな団体の旗やのぼりがあちこちに見える。労働団体の旗。専大(専修大学)全共闘ののぼり(団塊世代と思われる方が持っていた。「昔の名前で出ています」とあった)。創価学会の三色旗。LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)の運動を象徴するレインボープライドと思われる虹色の旗。そして各地の「9条の会」ののぼり。
 歩く先々で様々な団体がパンフレットやチラシを配っていた。それぞれ自らが主催する集会の案内だったり主張の表明だったりした。塚本晋也監督が自主製作し、自ら主役を演じて話題になっている大岡昇平原作の映画「野火」のチラシもあった。辺野古の基地問題を訴えかけるパンフレットもあった。安保法制反対の署名活動をしている人たちもいた。そのうちの一人に筆者は応じた。
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街頭で配られていたビラ

 主催者は集会の参加者にプラカードを配っている。筆者は家を出る前に手作りのプラカードを作っていた。今日日はパソコンで簡単にオリジナルデザインのプラカードを作ることができる。周りの人の中にはそんなオリジナルプラカードを持っている人も多い。また、7月の抗議行動で使われた、俳人の金子兜太氏の揮毫による「アベ政治を許さない」の紙を掲げている人もいた。
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筆者が作った手作りプラカード

 警備の警官はいたるところに大勢いた。カラーコーンやバリケードを積んだ警察の作業用トラックや機動隊の輸送車などの車両が道路脇にズラリと並んで止まっている光景も。一方では「過剰警備監視中」と書いた帯を肩に掛けた国会議員が警官のわきに立っていた。あるいは弁護士だったかもしれず、誰だったかまではわからない。
 「安保法案廃案!」「民主主義って何だ!」国会議事堂の近くに達すると、前庭からはSEADLs(シールズ)と思われる若者のシュプレヒコールが聞こえてきた。ラップ調のリズムでそのテンポが心地よい。
 集会の正式な開会時刻は14時である。会場は国会前エリアと日比谷エリアにわかれ、国会前エリアには正門前ステージと1か所の宣伝カーステージが、日比谷エリアには日比谷公園のメインステージと3か所の宣伝カーステージが設定されていた。外務省前の交差点の道路わきに止まっている宣伝カーの斜め向かいにとどまることにした。大体国土交通省と消防庁の境目の地点に当たる。宣伝カーは救護所の役割を兼ねており、車体に「通信労連」のステッカーが貼られていた。
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当日のデモエリアの概要(「総がかり行動委員会」公式HPより)

 集会はまず全国一斉シュプレヒコールで始まった。「戦争法案絶対反対!」「戦争法案今すぐ廃案!」「安倍政権の暴走止めよう!」などの14種類のスローガンが大きな声で2回ずつ唱和された。コールが巻き起こるごとに参加者の大半が手にしたプラカードを突き上げるように高く掲げた。プラカードが突き上げられると上がるコールにも自然と力が入る。同じコールが各地方の会場でも上がっているはずだ。一斉シュプレヒコールはこのあと15時と15時55分にも行われることになっている。
 このあとそれぞれのステージで演説が始まった。筆者たちの前のステージでは野党の国会議員が3名、各界の著名人が5名、各団体を代表する人が3名の計11名が一人ずつ宣伝カーの屋根の上に上がった。
 民主党の大畠章宏衆院議員は、立憲主義に反している、国民の生活に重大な影響が出る法案なのに、国会に諮り、国民へ説明を尽くす以前に米政府に今夏までの成立を約束した、政府の答弁が支離滅裂になっている、と安保法案とその審議について3つの問題点を上げた。日本共産党の宮本徹衆院議員は、参議院の特別委員会で共産党が暴露した自衛隊統合幕僚部の内部文書について、その問題点を追及した。社会民主党の福島瑞穂参院議員は自分が参議院の特別委員会でこの問題をどういう風に追及してきたか、今後どのように追及していくかを語り、支持を訴えた。
 日弁連の憲法問題対策本部に所属する女性弁護士は、日弁連が安保法制に反対する声明を出した時、産経新聞の記者が弁護士は政治問題に対し中立性が求められるのではと問われたことを紹介し、こと憲法にかかわる問題は我々法律の専門家が判断し発言しなければならない責任があるし、単なる政治問題ではないと回答したことを話した。都内の安保法案に反対するママの会の代表を務める女性は、自分には3人の子供がいることを紹介し、あとで悔やむようなことはしたくない、戦後の社会は70年前に子供を亡くし、深く傷ついたママたちの悲しみと二度と繰り返さないと誓った決意によって築かれたと語った。
 ママの会の代表による演説が終わった時点で2回目の一斉コールの時間となった。周囲を見渡すと緑色の縦長の看板を背負って筆者のいる場所の反対側の歩道を歩いている人が目についた。看板はLEDの電光掲示板になっていて、「輝く憲法9条」の文字が点滅している。それからSEADLsやカウンターヘイトの団体が作ったTシャツを着た人が目立ち、特に若い人に多い。Tシャツ以外にも「No Hate」のロゴが入ったタオルを首周りにかけている人もいる。
 街頭演説の後半は著名人によるものが続く。音楽評論家の湯川れい子氏は昭和40年代に渡米し、旅客機の窓の下に果てしなく広がる農地の光景を目にした時の感想を語り、こんなに大きな国と日本は戦争をしたのかとその無謀さを強調し、このようなことを繰り返してはならないと訴えた。
 この日の出演者の中で一番元気がよかったのが児童文学家の落合恵子氏。安倍政権への怒りを全身で表し、「私たちの意思を見せつけてやりましょう」と訴えた。演説を終える前に周囲の人たちと独自のシュプレヒコールを行った。
 精神科医の香山リカ氏は今日は大学の教員の一人として教え子たちを応援するために来たと語った。アニメーション監督の宇井孝司氏はアニメーションの語源はギリシャ語で命を意味するアニマからきている、絵が命を持ったもののように動くからアニメーションと呼ばれるようになったと語り、しかしその絵に吹き込まれた「命」は実存する命ではなく、人間にはアニメーションを作るように実存する命を生み出すことはできない、安保法案はその命を破壊すると訴えた。
 演説のしんがりを務めたのは真宗大谷派の僧侶。真宗大谷派が安保法案に反対する声明を出した時、作家で僧侶の瀬戸内寂聴氏から「遅い」と叱られたエピソードを紹介した。
 最後の一斉コールが行われているときだった。国会議事堂側から「希望の牧場ふくしま」の街宣カーが近づいてきた。筆者たちの前を通り過ぎる時、乗っていた人が窓から顔を出し、車載のスピーカーで「今すぐ廃案!」と声を合わせてくれた。
 この後主催者側から本日の参加者推計の発表があり、約12万人に及ぶとあった。この発表が伝えられた途端、どこからともなく拍手が沸き起こった。帰宅後ニュースが伝えていた警察側の推計では約3万人と伝えられ、どうしてこんなに大きく開いているのかといかぶった。
 筆者たちが外務省前にいた間、国会正門前のステージではどのような展開になっていたのか。後で知ったことだが、警察が事前に築いた規制線は詰めかけた多くの参加者の圧力で突破され、民主党の岡田克也代表、共産党の志位和夫委員長、社民党の吉田忠智党首、生活の党の小沢一郎共同代表の4党首が顔を合わせた。中咽頭がんの治療をしていた音楽家の坂本龍一氏が飛び入りで参加し、SEADLsの奥田愛基さんと握手を交わした。



 16時、この日の主催者によるイベントはこれでお開きになったが、周囲にはまだ大勢の人が残っていた。筆者は同行したNPO法人の5人と別れ、国会議事堂に向かって歩いて行った。
 周囲に居合わした人の多くが、スマホで写真を撮っていた。おそらくツイッターにアップして拡散するのだろう。人の流れは途切れることなく議事堂へ向かっていたり、官庁街方面に向かっていたりした。警備に当たる警官の数も減ったようには見えない。ただ、車の流れはデモ中よりもいくらか多くなっていた。
 議事堂正面の道路が内堀通りとぶつかる交差点で、また「希望の牧場ふくしま」の街宣カーに出会った。「デモに参加された皆さん、ご苦労様です。私たちは「希望の牧場ふくしま」です」車載のスピーカーからアナウンスが流れてきた。そして「共に闘いましょう。お互いに頑張りましょう」。
 国会正面前の道路はいまだに「解放区」だった。そこにはある種の「祝祭」の光景が広がっていた。
 道路の真ん中で、サウンドデモが行われていた。SEADLsではない。老いも若きもドラムが刻むリズムに合わせて体を動かしている。アマチュアミュージシャンと思われる方(プロの方だったら、失礼!)が持っているマイクを周囲の人たちに回し、思い思いにコールさせている。「戦争させない!」「9条守れ!」「安倍はやめろ!」集まってきた年配の男性が、若い女性の二人連れが、思いのたけを叫ぶ。マイクは筆者にも回ってきた。筆者も叫んだ「抑止力って何だ!」。
 その隣では、法華宗の信者たちが定められた装束姿で祈祷を行っているように見えた。翌日「レイバーネット日本」のサイトでこの信者の集団だと思われる人々のことが出ていた。「日本山妙法寺」の信者らしい。
 さらにその先へと歩いた。テレビ朝日と思われるスタッフがマイクと撮影機材を手に参加者の一人にインタビューをしている。テレビ局のスタッフはその他にも2~3見かけた。
 国会正門前の人の集まりは減りそうにない。一番先ではいまだにSEADLsが抗議のパフォーマンスを続けている。やがて共産党機関紙「赤旗」の号外が配られ始めた。1面に正門前ステージの大きな写真が載ったその紙面の号外を手に入れた。
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「赤旗」号外

 元のところまで引き返してくると、あのサウンドデモのグループもまだ活動を続けていた。人々はその輪に代わる代わる加わり、自らの主張を訴えていた。その声を耳にしながら、国会正門を後にした。
 「♫い~かれるものの~うたがき~こえ~るか♪」ミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」を歌う女子高校生の歌声が、主催者が歩道に設置したスピーカーから聞こえてきた。ミュージカルはフランス革命期を舞台にしており、この場で聴くにはふさわしい歌だ。翌日の東京新聞朝刊に載っていたが、埼玉県飯能市の「自由の森学園」の生徒たちが来ていたのだ。学園は自主性を重んじる校風で、歌うことは学校の伝統になっており、この日も歌を通じて安保法制反対の意思を伝えに来ていた。
 主催者が設置したスピーカーは国会周辺のあちこちに設けられていた。女子生徒が歌を歌い終わった後も、様々な人のスピーチが途切れることなくそこから流れてきた。若い女性の劇団員が日々の生活や自ら演じた芝居を通じて平和への思いを強くしていった経緯を語る声を耳にしながら地下鉄の入り口に入った。
 日が改まってから自分がこれまでリアルタイムで見聞した海外の大きな市民運動を思い起こしてみた。マルコス独裁政権を倒したフィリピンの民衆運動。天安門事件の発生で政府に武力弾圧された26年前の中国の民主化運動。同じころハンガリーと旧東ドイツから始まって燎原の火のように広まった東欧の民主化運動。ペレストロイカを逆転させようとたくらんだクーデター勢力を跳ね返した旧ソ連の「8月革命」(現在ロシアでプーチン政権の強権政治によってその成果が後退を余儀なくされているのは残念なことだ)。4年前の「アラブの春」と「オキュパイ運動」。そして昨年の香港の「雨傘革命」。それらと共通するエトスと高揚感がこの安保法案反対運動にも流れていると感じた(もちろん沖縄の基地反対運動と脱原発運動にも)。



 リーマンショックと東日本大震災・福島第1原発事故を経て、だれもが日本は従来の仕組みでは行きづまると感じている。そしてその現状をよい方向に変えたいと願っている。しかし政治と経済の実権を握る者は従来の仕組みを変えることに及び腰だ。そして政権の中枢を握る一部の者は時計の針をさらにその前へと戻そうとしている。
 デモ参加者の目標はその流れを断ち切ることだ。「安保法案は必ず廃案に持ち込む。たとえ採決・成立してもあきらめない」はデモ参加者の共通の思いとなった。

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  • 最終更新:2015-09-02 16:40:04

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