他国で敵兵を殺しても「殺人犯」とならない“権利”!?    成瀬裕史

■「反中」と「集団的自衛権」の“リンク”?

 日本国民の多くが世界に誇る「平和憲法」が制定されて三分の二世紀に当たる今年の「憲法記念日」。

 安倍首相が憲法“解釈”の変更による「集団的自衛権」容認の姿勢を示す中、全国で従前どおりの「護憲」の集会に加え、集団的自衛権「容認」に向けた集会・デモも行われたと報道されている。

 「容認派」の主張として、曰く、
「集団的自衛権は尖閣を狙う中国への抑止力となる」
「集団的自衛権への反対は中国を利することになる」

 しかし、「日本の領土」である“尖閣諸島”にあっては、従前からの「(個別的)自衛権」が適用される。
 「自国」に対する侵害を排除するための行為を行う権利である。

 一方で、「集団的自衛権」とは、「他国に対する侵害を排除するための行為を行う権利」である。
 これと“尖閣”をリンクさせると、「尖閣諸島は国外」とみなしているように聞こえてしまう…。

 これこそが「中国に利する」行為なのではあるまいか!?


■安倍氏の言う“血の同盟”とは「属国の証明」!?

 安倍首相はかつて、イラク戦争時、このような発言をしている。
「軍事同盟とは“血の同盟”」
「日本が外敵から攻撃を受けたらアメリカの若者が血を流す」
「日本の自衛隊はアメリカが攻撃されても血を流さない」
「これで完全なイコールパートナーと言えるでしょうか?」

 しかし、日米安保条約では日本の施政下で外敵から攻撃を受けた場合、米軍は交戦することが出来るが、その是非は米国議会が決める。
 米国の“利”がなければ米議会は交戦を認めず、「アメリカの若者が血を流す」ことはない。
 この構造は、先の来日でオバマ大統領が「日米安保条約の適用対象」と言明した“尖閣”にあっても同様である…。

 ちなみに、敗戦後の占領時、日本国の予算のほぼ半分は「米軍の占領費用」に費やされていた。
 何のことはない、戦勝国が、敗戦国のカネで当地を“支配”しているのである。
 これは現在も「おもいやり予算」として引き継がれている…。

 これのどこが「イコールパートナー」なのだろうか?
 さらに“血の同盟”として「カネ」だけでなく「日本の若者の血」も差し出すとしたら、
まさしく「帝国・宗主国」と「属国」の関係であろう…。 


■「集団的自衛権」容認は、敵兵への“殺人”を認めること!?

 私の購読する地方紙では「憲法記念日」を前に、海兵隊員として沖縄駐留経験のある元津田塾大教授・C.ダグラス.ラミス氏の論考が掲載されていた。

 この中で、氏曰く、
「政府自民党は“解釈改憲”は説明しても“交戦権”は一切使わない」
「交戦権とは兵士が戦場で人を殺しても“殺人犯”にならない国家の権利」
「戦争・軍事行動と殺人犯との区別を決めるのが“交戦権”」
「憲法9条の最後の言葉は『国の交戦権は、これを認めない』」

「『PKO協力法』には『…武器の使用に際しては、刑法第36条又は第37条の規定に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない』と定めてある」
「刑法第36条は『正当防衛』で、第37条は『緊急避難』」
「正当防衛と緊急避難の権利は“交戦権”とは全く違う」
「今まで日本政府は、自衛隊には交戦権がないと認めてきた、ということになる」

「自衛隊が“集団的自衛権”を行使するなら、軍事行動をしなければならなことになる」
「しかし軍事行動をするには、交戦権がなければ犯罪行為になる」

 以上の論考からすると、「集団的自衛権」を容認することは、
国外における敵兵に対する“殺人”を、「交戦権」による“軍事行動”として認めることに繋がるのではあるまいか!?


■国民の「命と財産」を失わせた“指導層”の末裔?

 私をはじめ日本国民の多くは、「憲法九条のもと戦後60年間、一滴の血も流さなかったのが日本の誇り」と思っている。

 この「一滴の血も流さない」とは、自衛隊員の「戦死」とともに、敵兵の「殺害」の意味でもある…。

 朝ドラでも、特に在阪局の制作では、徴兵され戦地で敵兵・敵国民を殺した復員兵の“トラウマ”が、何度となく描かれている…。

 私も、戦争で「殺されたくない」と思うにもまして、「人を殺したくない」と思う。

 戦時下では、敵兵・敵国民という「人を殺すこと」が罪にならないばかりでなく、「人を殺すこと」を拒み兵役を拒否したものが「罪になる」世界である…。

 そして、国民を戦禍に巻き込み、若者を徴兵し戦地に送り「戦死」させ、終戦を遅らせ空襲で多くの国民の「命と財産」を失わせた、旧大日本帝国軍の指導者層が、
“敗戦”したというのに、後に復権し、“恩給”と引き替えに自民党の“一勢力”を支援していたが、
それが今、我が国の現政権を担う「一大勢力」となっている…。

 北日本の寒村の半農・半漁の家系である私にとっては、今も昔も、日本の“支配層”とは無縁ではあるが、
戦時体制下、“徴兵”の権限や“敵性思想”かどうかの権限、すなわち一国民を「戦地」や「監獄」に送り「自由」や「生命」を奪う権限を有し、
国民が窮乏する中、豊富な食料や甘味・酒類を入手し、
多くの国民が戦火により生命や財産を失ったというのに、
一方で「敗戦」したというのに、戦争指導者としての罪を赦され、国から恩給まで支給されるという、
かつての我が国の“支配層”の「存在」を「許すことは出来ない」のである…。

 それは、我が国・日本を破滅に導いた「開戦」指導者・A級戦犯を祭祀する社に参拝し、
また開戦時の東條内閣の閣僚としてA級戦犯に問われた者を自らの祖父に持ち、
また、(軍部のような)指導者層が国民を支配するような国のあり方に「逆戻り」することを望んでいるように思えてならない、
現在の我が国の“指導者”に対しても、全く「同様」である…。

  • 外国人たちが苦しんでいても、自分たちだけは楽をしたいというワガママ人間。最低だね。なんとしても9条変えないとね。 --- k (2014/05/06 23:34:02)

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  • 最終更新:2014-05-04 13:23:55

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