都知事選 雑感


 都知事選 宇都宮候補に一本化すれば、枡添氏の互角の勝負になったと思いますが、細川氏については、?と思っていましたので。
  以下の、小論考 私が所属する技術者サークルのMLに投稿したものです。国立大学(帝国大学?)に居る人もいますが、こういうこと疎い人が殆どですから。

                      八代 勝美

   皆様、
 エントロピー学会で、ここまで議論されているのか否かは、知りませんが、お読みいただき
付け加えるべき点あれば、加えてください。生産的な議論するために必要ですから。
  私が、これに関心もつているのは、地方公共団体を引きずりこんでやろうとしているからです。

           八代 勝美  


  要厳重監視!!TPPの前哨戦「国家戦略特区」は「国家解体特区」
都知事選候補者の細川護煕氏が国家戦略特区を肯定している。
これはいかがなものであろうか。
前大田区議会議員の奈須りえ氏と同様に、社会活動家・作家の安倍芳祐氏も早くからTPPの危険を警告し、国家戦略特区の売国本質を見抜いていた。
何にしても、知識人で国家戦略特区の反国民性、反国家性に気づいて警鐘を鳴らす人があまりにも少なすぎる。
政治や経済に疎い神州の泉程度の知識レベルでも、この法案が異常な危険を内包することはよく分かる。
あまりむずかしく考えなくても、政府の姿勢を3つほど注意してみれば、その奇態さが見えてくる。
1つ目は、国家戦略特区諮問会議に竹中平蔵氏が中心参謀として組み込まれたこと。
竹中氏は郵政民営化や小泉構造改革の実質的・政策的な牽引をやった、日本経済にとっては最大級の危険人物である。
2つ目は、企業の収益性を最重点で支援すれば、雇用拡大や所得のアップに直結し、消費の拡大によって景気の好循環にむかうというものだ。
これは非現実的なトリクルダウン・セオリーであり、企業収益の恩恵を蒙る層は全体労働者のうち、大企業に属する2割程度である。
後の8割の中小零細企業の勤め人や派遣労働者、パートさんたちには何のメリットもないばかりか、増税と賃金低下による可処分所得の絶対的な目減りが待っている。
安倍政権はこの実態を隠して、性懲りもなく幻想のトリクルダウン仮説を振りまいている。
3つ目は、実はこれこそが政府が行っている詐術の最も悪質な部分なのだが、政府は国家戦略特区最大のテクニカルタームとして「規制緩和」至上主義を謳っている。
ズバリ言って、彼らが行おうとしている岩盤規制の破砕をメインにした聖域なき規制緩和には、外資が営利活動をしやすい方向性しか示されておらず、その規制緩和によって国民生活や社会の在り方がどう変わるかなど、肝心な部分をいっさいリスクアセスメントしていないのだ。
ここが彼らの詐術の詐術たるゆえんなのである。
ありていに言えば、彼らの論旨はある1つのバイアスした方向に極論化しているのだ。
それは、天下り官僚、族議員と言われる政治家、医療関係者、農業関係者、教育関係者など、既得権益にがっちりとしがみついている連中が、イノベーションや新規事業の機運を妨げているのであり、本来実現できていたであろう経済成長を阻害している、だからこそ勇猛果敢な規制緩和が必要だという文脈である。
これが1つの論脈として否定できないだけに、この話は非常に危険な要素を含んでいるのだ。
注意すべきは、このロジックだけで規制緩和をとらえると大変重要な問題を見逃してしまうことになる。
政府が唱える国家戦略特区のイノベーション(技術革新)や、有益な事業の新規参入はもっともだが、よくよく冷静に考えてほしい。
産業経済を発展させるという文脈と、弱肉強食の不当な過当競争によって不利な人たちや零細企業がこうむる被害を未然に防ぐ目的を持って、さまざまな規制が敷かれて来たということは、本来全く別個の話である。
自然な考え方としては、どのような時代であっても規制そのものは絶対的に必要であり、社会はその在り方がどうであれ、常に規制によって守らなければならない領域が可変的に存在しているのだ。
変わることは、時代や社会の在り方が変われば、それまで弱者だった層が変わってくるということである。
それまで弱者だった層が弱者ではなくなり、新たに別方向から弱者層が生まれるということが流動的に起きてくる。
1つの例を挙げれば派遣労働者たちである。
彼らは小泉政権が生み出した新たな弱者層であり、国家は憲法第25条の理念から彼らの生存権を守る方向に新たな規制を敷く必要がある。
弱者定義は時代によって変遷するが、重度障害者や老人のように、時代によっても変わらない弱者層も存在する。
時代が変化した場合に応じ、規制は何を守るかということを再検討して内容を変えればいいのである。
このように、規制を必要とする領域は多様な種類と範囲があり、それらは流動的ではあるのだが、根底には資本の野放し(レッセ・フェール)が暴力であるという共通認識がなければ、規制の存立理由はなくなってしまう。
ここまで書いたら、安倍政権が猪突猛進する、大企業や外国資本の利潤追求のためだけの規制緩和が、国民生活や中小零細企業を守る視点が一切ないことに気づかれると思う。
そう、彼らの言う岩盤規制のドリル破砕とか、スピーディな規制緩和などという話は、日本のありとあらゆるセーフティネットを取り除けという、国際金融資本の強い意志そのものである。
この意味で国家戦略特区が、グローバル資本による日本の国家体系・枠組みの徹底的な破壊であることは火を見るよりも明らかなのである。
以上のことを踏まえて短くまとめれば、政府の国家戦略特区に見える基本姿勢は次のようになる。
① 国家戦略特区諮問会議の中心参謀に竹中平蔵氏
② 幻想のトリクルダウン・セオリーで国民をたぶらかしている。
③ 規制緩和の方向性を企業収益だけに特化している。
この3つの中で、特に考えてもらいたいのは③である。
規制には、時制的には一つのパターンとして決して定型化・固定化できない、持って生まれたフレキシブルな両義性がある。
1つは時代に応じた弱者層保護という側面であり、もう1つは建設的・生産的・創造的な社会刷新のための規制緩和・規制改変という流動的な側面である。
この両者の属性は時代の変遷とともに流動的・即応的に変えて行く必要がある。
したがって、規制緩和に手を付けるときは、可能な限り注意深く、たっぷりと時間をかけ、各界有識者の意見を交えて、この両義性のバランスを考えながら行なう必要がある。
特に規制は国民の生活防衛と社会秩序の安定化と密接にかかわるから、国民自体が積極的に監視して見守っていく必要がある。
以上の観点から、安倍政権が推し進める国家戦略特区の重要なテクニカルタームとしての“規制緩和”は、規制緩和悪玉論に一方的に置換されていて、国民生活と社会秩序を破壊する方向性しかない。
その意味で、彼らがやろうとしている規制緩和は日本解体の技術論であることが見えてくる。





  • 最終更新:2014-02-03 08:25:22

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